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20111003[Mon]
どうろ
家の近くに大きな道路が出来てしまうようです。
随分昔の計画で10mもいけば大きな道路があるのに…。
今住んでいる場所は立ち退きは要求されないけれど大きな道路と道路の間に挟まれてしまいそう。今ある道路は大きな道路と言っても、周りは木と大学がある様な感じでそんなに辛い気持ちはしていませんでしたが、今度出来る道路は200件以上の家を立ち退かせ、更に今ある雑木林は上水を分断して出来る様…。環境帯を大きく作る、通行の為に四車線。意味が分かりません。
夏にはクワガタ、様々な種類の蝉、おおきな蛙、狸を見たこともまれですがあります。そんな自然を壊して環境帯を作る。それって環境帯じゃないよなぁ。
色々なことが関わっていて中止するのが難しいのかもしれませんが、今残っている自然や環境、子供の遊び場を壊してしまったら二度と戻って来ない。今、日が明るいうちには楽しそうに駆け回っている子供は居なくなってしまうでしょう。それくらい大きな道路が子供立ちが遊んでいた場所の本当に近くに出来ようとしています。
もう、十分自然の大切さは分かっているはずなのに、進歩は出来ないものなのかしらと思います。「間違ったことを間違っていると分かっていてそのまま続けて行かなければいけないそんな社会」、とそんなことを那州雪絵さんの描かれた漫画でヒロインが言っている台詞を思い出しました。
自分勝手かもしれないけれど、私はこれから先を考えればその道路は必要がないと思っています。署名を集めたりできることはやってきましたが難しいのかと少し泣きたくなってしまいました。交通の便と道路の出来るであろう場所の傍に住む人。自然を求めて遠出する人。自然が無くなってしまう、とかそれもあるけど、住みにくくなることをひしひしと感じてそれが一番の理由だと思います。ここに道路が出来るなら色々なものとお別れです。
実際に、道路が出来るのならきっとこの場所はとっても好きだったけど引っ越すのだろうな。本当に、凄い人は、それでもこの場所をよくしようと何かしてみるのかもしれませんが。
どうろはどこかへ繋がっていて、誰かのところにいける。
素敵なものだけど、でもそのどうろは、みちは、なんでひつようなのか とか、
本当にそんなに作っていていいのかとか
ふりかえったとき
恐ろしい様な形をしているんじゃないかと
思ってしまいます。
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国分寺崖線の緑を守り、調布3・4・10号線を考える会
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